型染歌留多「栗山吉三郎作・小倉百人一首」 解説 B-09
型染歌留多「栗山吉三郎作・小倉百人一首」 解説
△ 小倉百人一首陳列ケース(型染歌留多/栗山吉三郎作)
△ 型染歌留多(歌仙絵歌留多)
△ 型染歌留多 解説本/㈱栗山工房


△ 型染歌留多(歌仙絵歌留多)

△ 型染歌留多 解説本/㈱栗山工房
◆ 百人一首が「かるた」として形成された時期は、寛文(1661-1673年)-延宝(1673-1681年)の頃に遡(さかのぼ)ります。藤原定家が京都嵯峨小倉山の山荘で、古来の有名な歌人より撰集した百首が、小倉百人一首かるたとなりました。
◆ 南蛮渡来の「うんすんかるた」※1と百人一首が結びつき、歌仙絵※2とともなって、「小倉百人一首歌かるた」になったと思われます。
※1.ウンスンカルタは、16世紀にポルトガルから伝わった南蛮カルタが日本で独自に発展したカードゲームです。 江戸時代には全国的に広まりましたが、寛政の改革で遊具が禁止されたため、人吉・球磨地方でのみ伝承されています。
※2.三十六歌仙などの肖像を描き、これにその代表的な和歌を書き添えたもの。
◆ 江戸時代になると木版・多色刷りのかるたが多く作られ、江戸後期になると著名な浮世絵師も歌かるたを作るようになりました。
◆ 本かるたは、京都で型染反物を製作している栗山工房の初代・栗山吉三郎の型染かるたです。なお、台紙は「和紙製」のものと「布製(絹)」の二種類があります。
◆ 南蛮渡来の「うんすんかるた」※1と百人一首が結びつき、歌仙絵※2とともなって、「小倉百人一首歌かるた」になったと思われます。
※1.ウンスンカルタは、16世紀にポルトガルから伝わった南蛮カルタが日本で独自に発展したカードゲームです。 江戸時代には全国的に広まりましたが、寛政の改革で遊具が禁止されたため、人吉・球磨地方でのみ伝承されています。
※2.三十六歌仙などの肖像を描き、これにその代表的な和歌を書き添えたもの。
◆ 江戸時代になると木版・多色刷りのかるたが多く作られ、江戸後期になると著名な浮世絵師も歌かるたを作るようになりました。
◆ 本かるたは、京都で型染反物を製作している栗山工房の初代・栗山吉三郎の型染かるたです。なお、台紙は「和紙製」のものと「布製(絹)」の二種類があります。

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