掛け軸「浜田先生と仲間達五人」解説 B-03
掛け軸「浜田先生と仲間達五人」解説

◆ この掛け軸は、糸井哲夫の作です。(2005年)
作者は、1933年・栃木市生まれの版画家です。また、彫刻、陶芸、詩作と様々な創作活動を行っており、あまりにも多様な創作活動を行うので、時には自分でも「何が本業なのかわからない」と思うこともあったそうです。
作者は、1933年・栃木市生まれの版画家です。また、彫刻、陶芸、詩作と様々な創作活動を行っており、あまりにも多様な創作活動を行うので、時には自分でも「何が本業なのかわからない」と思うこともあったそうです。
◆ 益子焼の中祖である人間国宝・濱田庄司とその仲間たちの版画です。左側から、
木村一郎(1915-1978) / 濱田庄司(1894-1978) / 合田好道(1910-2000) / バーナード・リーチ(1887-1979) / 加守田章二(1933-1983)
の並びとなっています。益子焼の技を高め、陶芸における日本の民芸運動の中心的作家として名を知られる方々であり、その中心が濱田庄司(1955年・人間国宝)です。濱田は明治29年(1894年)12月9日に神奈川県に生まれ。1913年に東京高等工業学校窯業科(現在の東京工業大学)に入学し、板谷波山に学びました。卒業後は京都陶磁器試験場に入り、2年先輩の河井寛次郎らと共に釉薬の研究に専念しました。この間、バーナード・リーチや柳宗悦らと親交し、特に柳の民芸論に共鳴します。
1920年にリーチと共に渡英して作陶活動に入り、1924年に帰国して益子町に窯を築きました。同地の陶土や釉薬を基本として、無作為とも見える加飾を重厚な器に施した質朴雄勁※1な作風を確立し、1935年には独自の様式を完成しました。
※1.素朴で力強いこと。
木村一郎(1915-1978) / 濱田庄司(1894-1978) / 合田好道(1910-2000) / バーナード・リーチ(1887-1979) / 加守田章二(1933-1983)
の並びとなっています。益子焼の技を高め、陶芸における日本の民芸運動の中心的作家として名を知られる方々であり、その中心が濱田庄司(1955年・人間国宝)です。濱田は明治29年(1894年)12月9日に神奈川県に生まれ。1913年に東京高等工業学校窯業科(現在の東京工業大学)に入学し、板谷波山に学びました。卒業後は京都陶磁器試験場に入り、2年先輩の河井寛次郎らと共に釉薬の研究に専念しました。この間、バーナード・リーチや柳宗悦らと親交し、特に柳の民芸論に共鳴します。
1920年にリーチと共に渡英して作陶活動に入り、1924年に帰国して益子町に窯を築きました。同地の陶土や釉薬を基本として、無作為とも見える加飾を重厚な器に施した質朴雄勁※1な作風を確立し、1935年には独自の様式を完成しました。
※1.素朴で力強いこと。

コメント
コメントを投稿